日本の教育を学んだ者に日本の教育は変えられない|日本の教育問題

日本の教育を学んだ者に日本の教育は変えられない|日本の教育問題

先日、アメリカに留学していて一時帰国している友人と話す機会がありました。そこで、日本の教育について議論する機会があったので、客観的に日本の教育を見つめてみようと思います。

 

なぜ大学に入る前に専攻をきめないといけないのか

高校までは文系理系に別れはするものの大体の人が同じことを学び続けていました。それなのにいきなり大学を決めるとなった瞬間、細かな専攻に別れた学部を決めなければならなくなります。しかも判断材料が名前とその学部のサイト、よくて簡単な説明会しかありません。結局、雰囲気でなんとなく決めている学生がほとんどです。

もちろん、一部のずっとやりたいことが決まっていてそれに向けて勉強してきた人にとっては無駄がなくて素晴らしいシステムなのですが、多くのやりたいことのわからない人間にとってはなんとなく大学を決めるしかないのです。

そして、なんとなく入った大学でこんなこと学びたかった訳ではないって思い、結局なんの成長もないまま大学を卒業していくのです。

仮に4年間好きでもない勉強をずっと耐え続けたとしても、そのあとそれで一生食っていくとはならないですからね。

こうしたミスマッチが多くのところで起こっています。僕もそうしたミスマッチに巻き込まれた一員です。化学なんて一生勉強したくない。笑

でも、教職の人ってこのことを分かっていないんですよね。自分はやりたいことがあったからお前らもやりたいことは早く見つけろって。高校のうちにやりたいことを見つけないといけないという先入観が多くの優秀な人材を逃している原因だと思います。

東大のように大学に入ってから専攻を選べるといいのですが、それでも進振りによって全員が全員いきたいところにいけるいける訳ではありません。東大の友達は「このままだとインド哲学専攻になってしまう、、」と嘆いていました。笑

結局、いきたくてもいけない人や、いきたいところがないが出てきてしまうのです。

勉強している大学生がほぼいない

もちろん頑張って勉強している大学生もいます。京大の工学部ともなればみんなそれなりにちゃんと勉強しています。それでもろくに勉強もしないでふらふらしている京大生も多く見かけます。大学の外に目を向けたら全く勉強していない大学生ばかりです。いつみてもインスタのストーリーに遊んでる投稿ばかりあげている人間が多いです。

アメリカの大学だとかなりの課題等がありそんなに遊んでいる時間がないそうです。遊ぶときはひたすら遊んで、それ以外のときは勉強するというのが向こうの基本のようです。そりゃ、日本とアメリカでの差が出てきてしまいますよね。

でも、それに危機感を持っている人なんてほとんどいません。それが当たり前だと思っているから。学校側も親も高校の教師だってみんなそうあるべきと思っていますからね。大学は人生の夏休みとか冷静に考えて意味がわからないですからね。笑

それに就活では、大学でどんなことを学んできたかを聞かれることもなく、むしろ頑張ってきたことを聞かれます。(理系研究職とかは別)もう勉強していなくてもいいやみたいなノリですよね。そうでもしないと雇いたい新卒なんていないんでしょうね。w

最近中国とか韓国に圧倒的に負けているなと思っていましたが、そりゃ超学歴社会の中で勝ち抜いた超エリート層とまともに戦える人間がいないのだからしょうがないです。

日本の教育は洗脳教育

ここまで、当たり前だと思っていたことに疑問を呈してきました。確かに他国と比較したらそうかもしれないけど、日本人はそういう国民性じゃん。そう思う方も多いかもしれません。

しかし、それ自体が洗脳なのです。

日本の国民性とはなんでしょう。

  • みんなと一緒じゃないといけない
  • 目立つのはださい
  • 相手のことを気にしないといけない

このあたりではないでしょうか。そしてこれらは、学校教育の中で徹底的に刷り込まれてきています。みんなと一緒のランドセルを背負って、みんなで一緒に一列に並んで、同じ服を着て。気づかぬ間に洗脳されてきたのです。それを守らなければ怒られます。それが悪いことだと精神的にも肉体的にも教えられてきたのです。

よく中国や北朝鮮が洗脳教育をしていて、それはおかしいだろうと思うことがあります。それは、他国として客観的に見ることができているから、そのように判断することができます。

しかし、他の国からみたら日本も中国も北朝鮮も一緒ではないでしょうか。

日本の教育を学んだ者に日本の教育は変えられない

そしてその洗脳教育をしているのは、日本の教育について学んだ従順な日本の教師です。社会も知らなければ、世界も知らない教師が洗脳されたままに語っていくのが日本の教育です。

そもそもどこが問題なのかに気づいていない人間に、日本の教育を変えることなんてできるはずがありません。自分たちが通ってきた道こそが正義であり、他の人間もそうすべきと考えています。

多様性を排除しようという動きが強いので、このレールからずれそうな人間がいたら、それを軌道修正するのが仕事だと思っているのです。

でも、こんな意味のない教育をしている間にどんどん他国に抜かされていっています。

 

では、どうやったら日本の教育を変えられるのでしょうか。

それは、僕のように日本の教育に疑問を呈した人間か、他国での教育にも触れ客観的に日本の教育を見つめられる人間だと思います。

ITによりグローバル化が進み、AIにより自動化が進む中で、どんどん教育やビジネスの機会がフラットになってきています。

日本という沈没船を救出するためにも、教育を変えようという民間の動きが必要になってくるでしょう。

すでに、多くの動きが出てきていますが、なかなか新しいことを受け入れるのが苦手な日本人が多いのでそれに順応できていないように思います。

たとえば、ドワンゴのN高はとても面白い試みだと思います。勉強だけが全てじゃないし、就職だけが全てじゃないことも教えてもらえます。ひとりひとりの個性を尊重した教育をしていくようです。

高校以外のところでもこのような教育を変えていく動きが増えてきたら、どんどん日本が面白くなっていくのではないかなと思っています。

僕も自分が感じた疑問を解決して、教育を変える何かで貢献できたらな〜とぼんやり考えています。